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人口8,348,403人(2011年6月現在) |
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| ペルー共和国の首都リマは、政治、文化、金融、商業、工業の中心地。隣接するカヤオ特別区を含め、首都圏の人口は920万人を擁し、南米大陸の太平洋岸における最大都市となっています。市内をリマック川が東西に流れ、市を二分しています。リマの年間平均気温は19.4度、湿度は87.1%である。夏季(12月〜4月)は毎日晴天が続き、日中は28度と蒸し暑く、夜間21度と過ごしやすい。冬季(6 月〜9月上旬)は日中19度、夜間12度ですが、ガルーアという海霧が発生し、一日中厚い雲に覆われる日が多く、湿度は常時100%近くに達するため冷え込みが厳しくなります。春(9月下旬〜11月)と秋(5月)は日中23度、夜間17度と比較的過ごしやすい。年間を通じて、ほとんど雨は降らず、夜間霧雨が降る程度であり、年間降水量は僅か15mm程度。 |
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| リマは、1535年1月18日、インカ帝国を滅ぼしたスペインの征服者フランシスコ・ピサロによって、ペルー副王領の首都として建設され、南米植民地支配の中心地となり、南米第一の都市として繁栄した。都市名は市内を流れるリマック川に由来すると言われているが、建設当時は「諸王の街」 ラ・シウダー・デ・レイエスと呼ばれていました。都市はリマック川南部の政庁を中心に、整然とした碁盤目状の計画植民都市の体裁が窺えます。大統領府や大聖堂が面するアルマス広場周辺の旧市街は、スペイン風のバルコニーを持つ壮麗な建築物や、植民地時代からの古い教会が数多く、ヒロン・デ・ラ・ウニオンなどの通りを中心とする繁華街は、狭い格子状の道路が広がっています。海岸沿いの新市街、サン・イシドロ区やミラフローレス区には、近代的なビル群が建ち並び、オープン・カフェ、レストラン、ブランド・ショップ、ホテルなどが集り、旧市街とは対照的。植民地時代の繁栄の面影を残すリマ旧市街は、ユネスコの世界遺産にも登録されています。 |
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| ◆ 見どころ |
リマの大聖堂は、征服者フランシスコ・ピサロが自ら礎石を置いたとされるペルー最古の大聖堂です。1578年に建立されたサント・ドミンゴ教会・修道院は、過去四回の大地震にも耐え、外側は建設当時とほとんど変わりません。「聖母サンタ・ロサ」と「フライ・トマス・デ・サン・マルティン」を守護聖人として祀っています。現在は外務省のビルとなっている、トーレ・タグレ宮殿は独立運動の英雄サン・マルティン将軍が命じてトーレ・タグレ侯爵のために1735年に建てられた、歴史地区で最も豪奢な木製バルコニーを持つ建造物です。リマ新市街には、ワカ・ワヤマルカ、ワカ・プクヤーナなどの日干し煉瓦(アドベ)で作られたピラミッド遺跡を訪ねることができるほか、国立人類学考古学歴史博物館、ラファエル・ラルコ・エレラ博物館、黄金博物館、天野博物館など、ペルーの歴史を学べる数多くの博物館があります。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
ペルーの玄関口、ホルヘ・チャーベス国際空港は、リマ旧市街(セントロ)の西北11km、ミラフローレス区の北西17kmに位置します。タクシーを利用した場合、運賃はセントロまで約US$5、ミラフローレス区までは約US$8が相場。尚、24時間営業の空港タクシー、シャトルバスもあり、空港内のカウンターで手配が可能ですが、運賃は高めです。 |
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人口420,030人(2011年6月現在) |
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| クスコは、アンデス東山脈と中央山脈の間を流れウルバンバ川の上流、アンデス山脈の標高3,399mの高原盆地に位置します。インカ帝国の嘗ての首都で、インカ帝国時代の遺跡が各所に見られ、ペルー最大の観光都市となっています。1983年に世界遺産(文化遺産)として登録されました。クスコは標高が高いため、年間平均気温は12.4度と、一年を通じて比較的冷涼な気候。平均最高気温は19.6度、平均最低気温は4.4度と、朝晩の寒暖差が非常に激しいのが特徴です。年間降水量は約730mmで、そのほとんどが雨期(11月〜3月)に集中しています。タワンティンスーユ(インカ帝国の正式名称)の首都であった、クスコとはケチュア語で、「へそ」または「中心」を意味し、この地が世界の中心に位置するとインカは考えていました。クスコは11世紀頃に建設が始まり、16世紀のスペイン征服に至るまで、太陽神を崇拝するタワンティンスーユの都として栄えました。しかし、1533年のクスコ陥落後、フランシスコ・ピサロ率いるスペインの征服者達が都市を侵略。征服者達は、太陽の象徴である黄金で彩られた神殿や宮殿を破壊し、金銀を略奪して、インカ達が築いた精巧な礎石の上にスペイン風の教会や邸宅を建設しました。嘗てのクスコは、帝国の行政センターとして機能を果たす神殿、宮殿、貴族の館などの建物が、広場と街路によって整然と配置されていました。また、「カミソリの刃一枚通さない」と形容される巧緻さで有名な石積みの壁によって、街は取り囲まれていました。曲がりくねった狭い石畳の街路、茜色の瓦屋根、白や黄色の漆食壁の家、インカ時代の精巧な石組みと植民地時代の建築物が融合し、クスコの街並みは独特な趣を醸し出しています。 |
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| ◆ 見どころ |
| 市の中心となる、アルマス広場周辺には、植民地時代に建てられた数多くの建造物があります。アルマス広場の北東に面する大聖堂は、インカ時代のビラコチャ神殿跡に建造されたもので、1560年の建設着工から1664年の完成まで実に100年以上の歳月が費やされました。また、広場南東に位置するラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会は、インカの第11代帝王ワイナ・カパックの宮殿、アマル・カンチャ跡に建造されました。1571年にイエズス修道会によって建てられましたが、1650年にクスコを襲った大地震で崩壊し、1650年から17年かけて再建されました。アルマス広場から南東、インカの石組みが美しいロレート通りとパンパ・デル・カスティージョ通りを抜けると、インカ帝国時代には「太陽の神殿」 インティ・カンチャと呼ばれる神殿上に立てられたサント・ドミンゴ修道院があります。神殿内部は黄金の神像や装飾で埋め尽くされていましたが、征服者達は全ての金を略奪し、石積みの土台だけを残し、現在ある修道院を建てました。神殿は、9代目皇帝パチャクテク(1438年〜1471年在位)の時代、「黄金の神殿」を意味するコリカンチャと改名したと伝えられています。また、クスコの郊外には、サクサイワマン、ケンコー、タンボ・マチャイ、プカ・プカラなど、数多くのインカ時代の遺跡が点在しています。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
クスコ市の空港はアレハンドロ・ベラスコ・アステテ国際空港。クスコのセントロ南部4kmに位置。空港から市内へのタクシーの運賃はUS$2〜3程度。現在、リマとクスコ間は、ラン・ペルー航空が毎日5便、タカ航空が毎日3便、スター・ペルー航空が毎日4便、ペルビアン航空が毎日3便運航しています。クスコからは、南部の都市アレキーパ、フリアカ、プエルト・マルドナドへの定期便も運航しています。国際線としては、アエロ・スール社が、ボリビアのラ・パス、サンタ・クルスへ定期便を週3便運航しています。 |
| バス: |
クスコからは、首都リマ(所要18時間〜21時間)、アレキーパ所要9時間〜11時間)、アバンカイ (所要5時間)、アンダワイラス(所要10時間)などの各都市へ長距離バスが運行しています。 |
| 鉄道: |
クスコ、プーノ間はフリアカ経由の観光列車(ペルー南部鉄道)が運行しています。片道運賃はUS$130で、11月〜3月は月曜日、水曜日、土曜日、4月〜10月は月曜日、水曜日、金曜日、土曜日に運行。 |
| ※空路の運航スケジュール及び、鉄道の運賃、運航日は2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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人口135,933人(2011年6月現在) |
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プーノは、ペルー南部、アンデス山脈上の高原地帯アルティプラノに位置する、標高3,827mの都市です。同名県の県都。汽船が航行できる湖としては世界最高所にある、ティティカカ湖畔の西部に位置します。ティティカカ湖は、ペルー南部とボリビア西部に跨る淡水湖で、湖面の55.7%がペルー領、44.3%がボリビア領となっています。総面積は8,562 km²。湖面標高は高水時3,810mに達します。プーノの気候は、雨期(10月〜4月)、乾期(5月〜9月)に分かれます。雨期はティティカカ湖が増水し、町が冠水する事もあります。年間平均気温は10度で、最高19.6度、最低4.2度と冷涼です。標高の影響で日中は日差しが強く、気温も上昇しますが、夜間は冷え込みが激しい町です。プーノの地名は、ティティカカ湖畔にあったプニュイ・パンパと呼ばれる先住民の居住地に由来します。地名はケチュア語で「睡眠の場所」を意味します。また、プーノは、植民地時代、銀の採掘によって発展したことから「銀の町 シウダー・デ・ラ・プラタ」とも呼ばれています。 |
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| ◆ 見どころ |
プーノは19世紀後半の鉄道の到来で、湖上交通と陸上交通の結節点をとなり、南部ペルーにおける交通の要衝の地として発展を遂げました。現在は、毛織物や羊毛取引の商業の中心地であり、観光とボリビアとの国境貿易の拠点として急速に発展しています。ティティカカ湖には、インカの初代皇帝マンコ・カパックが、妹のママ・オクリョーヨとともに出現し、太陽の島に降り立ったという伝説が残っており、インカ帝国創建にまつわる伝承も残っています。また、湖畔でトトラ葦を積み重ねた浮島で生活するウル族の伝統的な生活形態を見ることができます。ウル族の居住区の浮島は、ウロス島と呼ばれており、その数は大小合わせて60以上。トトラ葦で家屋、船、籠など様々なもの作り、舟で魚や水鳥をとって狩猟漁労をしながら、浮島に小規模な畑もつくって生活しています。また、スペイン征服以前のアンデス文化要素が色濃く残された織物で有名なタキーレ島や、プレ・インカの遺跡が残るアマンタニ島では、民家に宿泊し、独自の伝統文化や暮らしに触れることもできます。プーノはプレ・インカの時代から文化が栄えた場所でもあり、南東34kmにあるコーヤ古代の墳墓群シルスタニ遺跡をはじめ、数々の遺跡が残されています。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
プーノ市内には空港は無く、最寄りの空港はフリアカのインカ・マンコ・カパック国際空港となります。プーノ市内から空港までの距離は45kmで、現地の旅行会社でシャトルバスのチケットを手配することができます。運賃は約US$3、所要45分程度。また、フリアカ市内まで乗り合いバスの運賃はUS$0.6で、所要約1時間。現在、リマとフリアカ間は、ラン・ペルー航空がアレキーパ経由で毎日3便、直行1便、タカ航空が毎日1便、スター・ペルー航空がクスコで毎日1便運航しています。 |
| バス: |
プーノからは、首都リマ(所要18時間〜21時間)、アレキーパ(所要5時間)、クスコ(所要6時間〜7時間)、タクナ (所要10時間)などの主要各都市へ長距離バスが運行しています。また、ボリビアのラ・パスへは、デサグアデーロ経由で所要約4時間、ユングーヨ経由で所要約8時間。前者のルートではボリビア側で、ティワナク遺跡で途中下車する事も可能。後者のルートでは、太陽の島や国境の町コパカバーナを観光することもできます。 |
| 鉄道: |
プーノ、クスコ間はフリアカ経由の観光列車(ペルー南部鉄道)が運行しています。片道運賃はUS$130で、11月〜3月は月曜日、水曜日、土曜日、4月〜10月は月曜日、水曜日、金曜日、土曜日に運行しています。 |
| ※空路の運航スケジュール及び、鉄道の運賃、運航日は2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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人口925,667人(2012年6月現在) |
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| アレキーパは、ペルー南東部のリマに次ぐ国内第2の都市で、同名県の県庁所在地。アンデス東山脈の標高5,000mを越す高峰、ミスティ(標高5,822m)、チャチャニ(標高6,075m)、ピチュ・ピチュ (標高5,669m)に囲まれた肥沃なチリ渓谷に位置する都市で、標高は2,335m。アレキーパは「白い都市 シウダー・ブランカ」の異称を持つ。近郊で採掘される白い火山岩から建造された、植民地時代の教会、修道院、邸宅などが旧市街に数多くたたずみ、街全体が美しい白く輝いています。1540年8月15日、アレキーパは、ガルシー・マヌエル・デ・カルバハル総督代理の協力のもと、フアン・デ・ラ・トレ及びディアス・チャコンによって建設され、ビジャ・デ・ラ・アスンシオン・デ・ヌエストラ・セニョーラ・デル・バジェ・エルモソ・デ・アレキーパと命名されました。19世紀初頭にはアルパカや羊毛のイギリスへの輸出拠点をとしての役割を果たし、ペルーの経済発展に大きく貢献しました。現在でも、ペルー南部の商業及び産業の中心都市であり、紡績、織物、製粉、などの工業が発達しています。アレキーパの地名の語源については諸説あります。インカ帝国の第4代皇帝マイタ・カパックが、風光明媚なチリ渓谷に辿り着いた際、ケチュア語で「この地だ」を意味するアリ・キパイと人民達に命じたと言う説。他説は、ミスティ火山の麓の土地であることから、アイマラ語で「峰の近く」を意味するアリ・キパと呼ぶようになったというもの。アレキーパ周辺は火山も多く、度々地震によって大きな被害を受けたが、修復や再建によって甦っています。近年では、2001年6月にペルー南部太平洋岸で発生したマグニチュード7.9の大地震が記憶に新しい。アレキーパは、砂漠性熱帯気候に属し、平均気温は14度と、温暖な気候に恵まれています。平均最高気温は20.3度、平均最高気温は8.7度と、年間を通して穏やかで過ごしやすい。季節は雨期(11月〜3月)、乾期(4月〜10月)に大別されますが、年間降雨量は僅か95mmであり、一年を通じて乾燥しています。また、年間日照日が300日以上と、晴天率の高い地域であり、「永遠の青空の都市」の異名を持っています。 |
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| ◆ 見どころ |
アレキーパの歴史地区は、2000年に世界遺産に登録された文化遺産。歴史地区となる旧市街には、植民地時代の面影を残す歴史建造物が数多く残っており、今も訪れる人々を魅了しています。町の中心となるアルマス広場は、コロニアル様式の回廊建築に囲まれ、眩しい陽射しの下、何本もの椰子の木と色とりどりの花々が咲き乱れる広場です。広場の北側には、白い火山岩で造られた美しい大聖堂があります。町が建設された1540年に最初の教会が、現在の大聖堂のある場所に建てられましたが、1600年の大地震で倒壊。その後、1656年に大聖堂が完成し、幾度かの地震で修復と改築がなされましたが、1844年12月の火災で大きく被害を受けました。 |
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市内最大の見どころは、1579年9月に建造されたサンタ・カタリナ修道院です。400年もの間、外界との接触を断ち、祈りと労働の修道生活が営まれていた場所である。外部は白い壁で囲まれ、内部は迷路のような回廊が巡らされ、回廊に囲まれたいくつかの中庭があります。修道女が当時使用していた部屋や幾世紀にも渡り蒐集された美術品も展示されています。サン・フランシスコ寺院は、修道院、2万冊の蔵書を有する図書館、絵画館、教会を持つ複合施設で、16世紀に建造。モラル邸は1733年に建造されたバロックとシジャール様式の建物で、アレキーパの植民地建築の最高傑作と言われています。ラ・レコレータ修道院・博物館は、先コロンブス期の美術品、宗教美術画、先住民族の手工芸品、プレ・インカ時代の発掘品、動物の剥製などが展示されています。その他、サント・ドミンゴ教会・修道院、ラ・メルセー教会、ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会など見応えのある建造物があります。また、コルカ峡谷は、アレキーパの北西160km、コルプナ山(標高6,377m)、アンパト山(標高6,288m)に挟まれた地域に位置します。1,000mから3,000mの深さが100kmも続く、極めて大規模な峡谷で、最深地点は3,191mに達します。展望台からは、グランド・キャニオンより2倍も深い峡谷とそびえる壮大な山脈が見渡すことができます。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
アレキーパの中心街の北西8kmに、ロドリゲス・バジョン国際空港があります。空港と市内の間のタクシーの運賃は約US$5、所要15分程度。現在、リマとアレキーパ間は、ラン・ペルー航空が毎日5便、タカ航空が毎日3便、スター航空が毎日1便、ペルビアン航空が毎日2便運航しています。また、フリアカ、クスコへの定期便も運航しています。 |
| バス: |
アレキーパからは、首都リマ(所要15〜17時間)、ナスカ(所要9時間)、クスコ(所要10時間)、フリアカ(所要5時間)、プーノ(所要6時間)、モケグア (所要4時間)、タクナ(所要5時間)などの主要各都市へ長距離バスが運行しています。 |
| 鉄道: |
アレキーパとフリアカ間の鉄道は、2003年3月より定期運行は行っていません。40名以上の団体観光客、または個人のチャーター便があれば運行することになっています。
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| ※空路の運航スケジュール及び、鉄道の運行状況は2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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人口約69,565人(2011年6月現在) |
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| プエルト・マルドナドは、ペルー南東部、北側をマドレ・デ・ディオス川、南側をタンボパタ川に挟まれた標高193mの丘陵に位置する町。プエルト・マルドナドの気候は、一年を通じて高温多湿で、年間平均気温は27.7度に達します。年間平均最高気温は31.5度、年間平均最低気温は21.5度。8月から9月にかけて最も暑く、年間降雨量は2,300mmを越えます。10月から4月が雨期にあたります。町は丘陵に位置するため、冠水することはありませんが、雨期は、クスコ及びブラジルへ向かう道路は通行不可能になることもあります。6月から8月は最も気温が低く、アンデス山脈から下りてくる冷たい風によって起きるフリアヘ現象によって、気温が8度まで下がったことがあります。 |
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植民地時代、数多くの探検隊が、アマゾン川上流奥地にある伝説の黄金郷を探すため派遣され、原住民の激しい攻撃と熱病で多くの者が命を落としました。マドレ・デ・ディオス川の探検は、フアン・アルバレス・マルドナド指揮下、250名の遠征隊により1567年に初めて実施されましたが、上流域まで探索するに留まりました。1861年には、ファウスティノ・マルドナド大佐が率いる遠征隊がこの地域を探索し、ブラジル国境付近まで踏破。その後、マドレ・デ・ディオス川流域で砂金と金鉱脈が発見されたのを機に、開拓者の入植が始まりました。町は、この地域を開拓した探検家の成功を称え、「マルドナドの港 プエルト・マルドナド」と命名され、1902年6月10日に公式に創設されました。創設者は政府の命のもと、タンボパタ川探索を行った、ドン・フアン・ビジャルタです。同年12月26日にはマドレ・デ・ディオス県ができ、その県都に制定されました。 |
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| ◆ 見どころ |
プエルト・マルドナドは、20世紀に入って建設された町であり、町並み自体は新しい。町は半日あれば充分散策できる規模です。年間を通じて雨の多いため、市街の道路中央に大きな排水路が設けられています。また、増水に備え、川岸の家屋は高床になっています。中心街(セントロ)には、数多くの商店やレストランが建ち並び、活気を呈しています。モデロ市場には、日用品、衣料品、食料品な必要なものは何でも売っています。土地柄、近郊の川で採れた大小さまざまな種類の魚が豊富に並び、市場の中にある食堂では安く川魚料理が味わえます。住民の足はバイクで、市内を走るタクシーもバイクの荷台です。観光客向けに、バイクをレンタルする店も数多くあります。また、郊外には、原始的な生活形態を守り続けているマチゲンガ族の居住区もあります。プエルト・マルドナド自体には特別な見どころはありませんが、マドレ・デ・ディオス県とクスコ県に跨るペルー最大のマヌー国立公園の玄関口となっています。熱帯雨林地域に生息する多様な生物を保護するべく、政府が中心となり環境教育やエコツアーを推進しています。国立公園は、15,000種を超える植物、800種以上もの鳥類など、多くの動植物の聖域となっています。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
プエルト・マルドナドのパドレ・アルダミス国際空港は、市街の北方7kmに位置します。空港と市内の間の移動は、タクシー(運賃US$2)または小型バスを利用する。現在、リマとプエルト・マルドナド間は、ラン・ペルー航空がクスコ経由の定期便を毎日2便、スター・ペルー航空が毎日1便、ペルビアン航空が毎日1便運航しています。所要時間はリマから1時間30分、クスコから30分。また、ブラジル国境に接するイニャパリへも、アエロ・タクシーが飛んでいます。 |
| バス: |
数年前まで、プエルト・マルドナドへ陸路で行く事は大変困難とされていました。クスコからトラックの荷台に揺られ、未舗装の悪路を40時間〜60時間かけ、旅をしなければなりませんでした。現在ではクスコとプエルト・マルドナドの間の道路は舗装がされ、バスも定期的に走っています。両都市の距離は533km。所要15時間〜18時間。また、プエルト・マルドナドからブラジル国境の町イニャパリ(所要4時間)へは、乗合自動車とバスが毎日運行しています。また、ブラジル側の町アシス・ブラジルから、ボリビア国境に接する町ブラジレイア(所要3時間)へ毎日バスが運行しています。
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| ※空路の運航スケジュールは2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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人口約41,381人(2011年6月現在) |
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| ナスカは、首都リマの南方443km、太平洋岸から約80km内陸に位置する海岸砂漠のオアシスである。グランデ川の支流、アハ川に沿って町は建設されています。イカ県のナスカ郡の郡都。ナスカは地上絵によって一躍有名になった観光地ですが、農業と商業も盛んな町です。1549年7月25日、カハマルカ渓谷の領主ドン・ガルシア・デ・ナスカによって、ビジャ・デ・サンティアゴ・アポストル・デ・ラ・ナスカは建設されました。現在のナスカの街は、ナスカ地区とビスタ・アレグレ地区に分かれており、両地区の人口を合わせると約4万1千人となります。ナスカは砂漠性気候に属し、温暖、乾燥、年間を通じて晴天が続く。年間平均気温は23度。夏季(1月〜3月)は30度を超えます。ナスカは常夏の都市として知られています。 |
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| ◆ 見どころ |
ナスカ文化は、西暦100〜800年にかけてペルー南部海岸地帯を中心に栄えました。生業は狩猟、漁業も行われていましたが、農業活動を重点とした政治・社会・経済体系がとられていたと考えられています。ナスカ文化の象徴である、ナスカの地上絵は、1939年6月22日、アメリカの考古学者、ポール・コソック博士により発見。グランデ川の支流であるナスカ川とインヘニオ川に挟まれた、インヘニオ大平原の地表面に描かれている地上絵は、およそ520km²の一帯に広がっています。動物、魚、人物などの具象模様、三角、台形、幾何学模様、そしておびただしい数の直線やジグザクな線によって構成されています。主な動物を描いた地上絵の規模としては、長さ46mのクモ、50mのハチドリ、55mのサル、65mのシャチ、180mのイグアナ、135mの鳥が挙げられます。最大のものは、285mにも及ぶペリカンかサギを描いた鳥類の絵だ。 |
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近年では、探査衛星ランドサットが撮影した画像に、全長50kmにも及ぶ巨大で正確な矢印が発見され、ナスカの地上絵の謎は深まるばかりです。また、ナスカには、地上絵のほかにも、ナスカ文化の遺跡、博物館など見どころあります。カワチ遺跡は、ナスカ文化の祭祀用の施設で、ナスカ市の西方25kmに位置します。日干し煉瓦で造られた高さ30mの台形ピラミッドがある他、居住地と推定される遺構が数多く発見されています。パレドネス遺跡は、ナスカ市の南東2kmに位置する、インカ時代に建設された宿泊所跡。近郊には、ナスカ時代に造られた古い用水路 ロス・アクエドゥクトがあり、砂漠地帯で常に水を得ることができる技術的にも高い建造物と言われています。現在でも、ナスカの人々にとって欠かせない水源です。チャウチージャ墓地跡は、ナスカの南35kmにあるナスカ時代の墓地で、盗掘が繰り返され、掘り起こされた白骨やミイラが、陶磁器などの副葬品と共に、無造作に放置されています。また、市内にはマリア・ライへ博物館があり、地上絵の縮尺図、測量機器、測量道具、ナスカの出土品などが展示されています。アントニニ博物館には、ナスカ文化の織物、陶器が展示されており、ナスカの地上絵と類似したモチーフを見ることができます。 |
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| ◆ アクセス |
| バス: |
ナスカからは、首都リマ(所要7時間)、アレキーパ(所要9時間)、クスコ(所要14〜16時間)、タクナ(所要13〜15時間)などの主要各都市へ長距離バスが運行しています。また、空港のあるイカへは、乗合いタクシー(所要2時間)または、バス(所要2時間30分)で行くことができます。
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人口899,709人(2011年6月現在) |
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| トルヒーヨは、ペルー北西部のモチェ渓谷に挟まれた太平洋岸沿いに位置する、国内第3の都市です。ペルー北部最大の都市で、ラ・リベルター県の県庁所在地。標高34m。環状線に囲まれた町には、碁盤の目状に整然と区画された街路が造られ、鉄柵付きの窓とバロック風のファサードを特徴とする、植民地時代の壮麗な大邸宅や教会など、数多くの優れた建築物を見ることができます。トルヒーヨは、スペイン人征服者が初期に建設した都市の一つで、1534年12月6日、ディエゴ・デ・アルマグロにより建設されました。征服者フランシスコ・ピサロの故郷である、スペインのエストレマドゥラ州のトルヒーヨに敬意を表し、ビジャ・デ・トルヒーヨと命名されました。翌年、1535年3月5日、フランシスコ・ピサロは、町の都市の建設を公認し、改めて、シウダー・デ・トルヒーヨ・デ・ヌエバ・カスティーリャと名付けました。トルヒーヨの年間平均気温は18.7度、湿度は84%。夏季(12月中旬〜4月中旬)は毎日晴天が続き、日中は32度と蒸し暑く、夜間22度と過ごしやすく、夜間、霧雨が降ることがあります。冬季(6月〜9月上旬)は日中20度、夜間16度であるが、一日中厚い雲に覆われる日が多い。春(9月下旬〜11月)と秋(4月中旬〜5月)は日中22度、夜間17度と比較的過ごしやすいです。 |
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| ◆ 見どころ |
トルヒーヨの市街地の見どころは、植民地時代からペルー共和国建国にかけて建設された旧市街です。町の中心となるアルマス広場の周りには、バロックとロココ様式の大聖堂(1647年〜1666年建造)、新古典様式のウルキアガ邸などの見事なコロニアル建築が並んでいます。広場の北東には、1636年に建造された美しい屋根を持つ、ラ・メルセー教会があります。大聖堂の北東にある、カサ・ガノサ・チョピテアは、市内にあるコロニアル様式の大邸宅の代表で、街の象徴的存在。エル・カルメン教会・修道院は1725年に建造。金や銀で装飾した豪奢な説教台と祭壇装飾を持つ宗教建築です。広場の南東には、美しい祭壇装飾とルネサンス様式の説教台があることで有名な、サン・フランシスコ教会、広場の西南2ブロックには、サント・ドミンゴ教会があります。黄色のドーム型天井を持つサント・ドミンゴ教会は、聖母サンタ・ロサを祀っており、1641年に黒人奴隷達の寄付で建設されました。カシネリ考古学博物館は、イタリア2世の実業家、ホセ・ルイス・カシネリ氏が個人収集したモチェ文化の土器類を中心に展示。考古学・人類学博物館は、1824年創立の国立トルヒーヨ大学の施設で、紀元前からインカ時代のものまで、アンデス文明の展示品は約3万点にものぼります。トルヒーヨには、スペインの征服者達がやってくる以前に栄えたモチェ文化(紀元100年〜800年)、チムー文化(紀元850年〜1470年)の遺構が残っています。 |
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| チャン・チャン遺跡は、トルヒーヨの北西6kmの砂漠地帯に、大地を埋め尽くすが如く広がるチムー王国の遺跡。エクアドル国境から海岸沿いに約700km余りの広大な地域を支配していた、チムー王国の首都として築かれました。チャン・チャンとは、チムー語で「偉大な太陽」を意味します。20km²もある広大な遺跡は、14の地区に分かれ、一般公開されているのは主神殿、儀式の広場、墓地、食糧倉庫などにより、形成されたチュディ神殿と呼ばれる地区。チムー時代の特徴である鳥や魚をモチーフとした、浮き彫りがある壁を見ることができます。広大な遺跡の中心にあるのは、日干し煉瓦で築かれた高さ10mもの城壁を持つ、シウダデーラと呼ばれる巨大な王の宮殿。その内部はリスやペリカン、魚や満月など風変わりなデザインのレリーフで飾られています。 |
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| 太陽の神殿・月の神殿(ワカ・デル・ソル/ワカ・デ・ラ・ルナ)は、トルヒーヨの南東5kmの砂漠地帯にある、セロ・ブランコの麓になるモチェ王国の遺跡。基底部分228×136m、高さ41m、1億3,000万個もの日干し煉瓦で建造された太陽の神殿は、強力な指導者と膨大な労働力の提供者の存在を示す巨大な宗教建築物。しかし、17世紀にスペイン人達によって一部分が破壊されたのに加え、長い歳月の経過により、現在はピラミッドの原型を留めていません。太陽の神殿から500mへだてた場所に建つ、月の神殿は、基底部分65×87m、高さ21mの日干し煉瓦の建造物。動物と人間が一体化した様なモチェの主神アイ・アパエックや踊る人々のレリーフ、儀礼の様子を色鮮やかに描いた月のカレンダーを見ることができます。月の神殿の儀式用祭壇の下から40人の生贄の遺体が発見され、祭祀センターの機能を持った場所であったことが推測されています。 |
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| ドラゴン神殿(ワカ・デル・ドラゴン)は、別名、虹の神殿(ワカ・デル・アルコ・イリス)とも呼ばれる、トルヒーヨの北西4kmにある、チムー王国時代のピラミッド型建造物。建造当時、神殿全体は、鮮やかな色で塗られていたが、現在では、薄い黄色の塗料跡だけがわずかに残っています。厚さ2m以上の周壁によって囲まれた約3km²の範囲の中心に神殿があり、二層構造の建造物の基板は800m²で、7.5mの高さの日干し煉瓦のピラミッドを擁します。神殿には、虹と宗教的な儀式の描かれた素晴らしいレリーフが残されています。 |
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| エル・ブルホ遺跡群は、チカマ渓谷近郊のアスコペ郡、マグダレーナ・デ・カオ区にあるモチェ文化の遺跡。トルヒーヨの北方約60km、車で約1時間の距離に位置します。エル・ブルホ遺跡群は、スペイン語で呪術師の意。嘗て、祭祀センターとして機能していた神殿に、各地から呪術師がやってきたことに由来します。遺跡群は3基の建造物に区分されています。濃褐色の神殿は遺跡群の南方に位置し、遺跡群の中で最も古い建造物。カオ・ビエホ神殿の内部の壁面には、2段構成の大変印象的な多色装飾のレリーフがあります。上段は、手をつないだ首切り人達、下段は首に縄をつながれた裸の囚人達の姿が描かれています。エル・ブルホ神殿は、高さ30mの傑出したピラミッド型建造物です。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
トルヒーヨのカピタン・カルロス・マルティネス・デ・ピニーヨス国際空港は、市街の北西10kmに位置します。空港と市内の間の移動は、タクシー(運賃US$3〜US$4.5)または、ワンチャコ行きの小型バスを利用します。現在、リマとトルヒーヨ間は、ラン・ペルー航空が毎日3便、タカ航空が毎日1便運航しています。 |
| バス: |
トルヒーヨからは、首都リマ(所要8時間)、ピウラ(所要6時間)、カハマルカ(所要6時間)、チクラーヨ(所要3時間)、チンボテ(所要2時間)、ワラス(所要9時間)、チャチャポヤス(所要13時間)などの主要各都市へ長距離バスが運行しています。 |
| ※空路の運航スケジュールは2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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人口629,990人(2011年6月現在) |
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| ペルー北西部の乾燥した海岸平野に位置するチクラーヨは、質の高い米やサトウキビ、綿花や小麦などの農産物の産地であり、交易の中心地です。また、精米、紡績、醸造、皮革、食品などの工業も発達しています。ペルー北部で最も生活しやすい都市と言われており、都市環境施設、競馬場、市場などがよく整備されています。標高は27m。チクラーヨの年間平均気温は21度、湿度は75.3%と、一年を通じて温暖な気候に恵まれています。平均最高気温は26.9度、平均最低気温は17.7度。夏季(12月〜5月)は毎日晴天が続き、日中は31度と蒸し暑く、夜間22度と過ごしやすく、夜間、霧雨が降ることがあります。冬季(6月〜11月)も日中28度、夜間20度と暖かいが、一日中厚い雲に覆われる日が多い。 |
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| ◆ 見どころ |
チクラーヨ市内は、アルマス広場を中心に広がっており、メルカード・モデロ以外に特筆する観光ポイントは無い。見どころは郊外に散らばっており、ローカル・バスを利用して観光することも可能です。チクラーヨの北約11kmにある、ランバジェケは、植民地時代の面影を残す町並みを擁する人口約6万人の町。近年、周辺地域で発掘された遺跡の出土品を収めた、シパン王墓博物館やブルーニン博物館を見学することができます。シパン遺跡は、ペルー北部の海岸地方に栄えたモチェ文化(8〜14世紀)の神殿。シパン王の墓が1987年に発見され、王墓から大量の金の装飾品が出土し、チクラーヨを一躍有名にした遺跡です。現在、併設の博物館には埋葬品などが展示されています。トゥクメ遺跡は、ランバジェケの北11kmに位置するモチェ文化の遺跡。ラ・レチェ川の南方、ラ・ラヤ山の麓の荒涼たる平原に位置し、28基の日干し煉瓦で造られたピラミッドが点在しています。バタン・グランデ遺跡は、ペルー北部沿岸で栄えたシカン文化(750年〜1350年頃)の祭祀センター。シカン遺跡の周辺には12基のピラミッド神殿が発見されています。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
チクラーヨのカピタン・ホセ・アベラード・キニョーネス・ゴンサレス国際空港は、市街の東1.5kmに位置します。空港と市内の間の移動は、タクシー(運賃約US$1)または、モトタクシー(運賃約US$0.5)を利用します。現在、リマとチクラーヨ間は、ラン・ペルー航空が毎日2便、タカ航空が毎日2便運航しています。 |
| バス: |
チクラーヨからは、首都リマ(所要12時間)、ピウラ(所要3時間)、カハマルカ(所要6時間)、トルヒーヨ(所要2時間)、チンボテ(所要4時間)、タラポート(所要12〜14時間)、チャチャポヤス(所要10〜11時間)などの主要各都市へ長距離バスが運行しています。 |
| ※空路の運航スケジュールは2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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人口502,208人(2011年6月現在) |
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イキトスは、アマゾン川上流域の熱帯雨林の広がるペルーのアマゾン地域最大の港湾都市で、大西洋への商業上、貿易上の門戸として重要な役割を担っています。イキトスは、ナナイ川、イタヤ川およびアマゾン川 に囲まれた標高106mの盆地に位置します。イキトスの地名の語源は、ナナイ川上流域に暮らしていた先住民、イキト族に由来します。市街地に面したアマゾン川は、茶褐色に濁った水を緩やかに蛇行させながら、大西洋に注ぐブラジルの河口域まで約3,800kmを流れていきます。「陸路では行くことができない世界最大の町」の異名を持つイキトスは、空路か水路でしか到達できない熱帯雨林地帯の陸の孤島です。イキトスの南98kmに位置するナウタへ通じる道路が、イキトスの外に出ることができる唯一の陸路となっています。イキトスは、高温多湿な熱帯性気候で、年間平均気温は23.1度に達します。年間平均最高気温は26.4度で、年間平均最低気温は16.8度。また、赤道に近いために季節の変化が少なく、おおむね、乾期(6月〜10月)、雨期(11月〜5月)に分かれます。アマゾン川の水位が最も高くなるのは5月頃で、川岸周辺の家屋は増水に備え高床式となっています。 |
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| ◆ 見どころ |
| 市街地は、アルマス広場を中心にアマゾン川沿いに広がっており、ホテル、レストラン、旅行会社などは徒歩で行ける範囲内にあります。 市内の見どころは、ゴム景気に湧いた時代に建てられた歴史的建築物とアマゾン側流域でとれる新鮮な魚介類や野菜や果物が並ぶ市場。アルマス広場の東側にある、鉄の家ことカサ・デ・イエロは、1890年に建造されたアンセルモ・デル・アギラ男爵の邸宅。エッフェル塔の設計者として著名なアレクサンドル・ギュスターヴ・エッフェルにより設計、デザインされ、フランスから輸入した建築材で贅沢に建設されたものです。現在、1階はイキトス市の社交クラブ、2階は高級レストランとして活用されています。泥の家ことカサ・デ・バロは、重厚な木製バルコニーをもつ2階建ての建造物で、ゴム景気に巨万の富を築いたカルロス・フェルミン・フィッツカラルド男爵の邸宅。アマゾン博物館は、マレコン・タラパカー通りとモロナ通りの交差点にあります。1863年に建造。嘗て、陸軍総司令部、ロレート県庁舎として使用され、1999年に国定歴史文化遺産となりました。ペルー、ブラジル、ベネズエラのアマゾン地方の先住民の原寸大彫刻、生活用具、写真を展示してあります。マレコン・タラパカー地区は、アマゾン川に面した高床式の家屋がひしめきあうように軒を連ねている。アマゾン川の水位が上がる雨期は、住民は木製カヌーで家々の間を行き交う光景を見ることができます。イキトス市街南部の川岸に沿って広がるベレン地区は、庶民の生活を支える市場や、雑貨商店や露天の飲食店が混然と並んでいます。また、アマゾン・ジャングル・ツアーは、イキトス観光の目玉となっています。日帰りから2週間程度ツアーまであり、ロッジでの宿泊やジャングルでのキャンプ、先住民の村の訪問、ボートでの旅などが体験できます。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
イキトスのコロネル・フランシスコ・セカダ・ビグネタ国際空港は、市街の南7kmに位置します。空港と市内の間の移動は、タクシー(運賃約US$4)または、モトタクシー(運賃約US$2)を利用します。現在、リマとイキトス間は、ラン・ペルー航空が毎日4便、スター・ペルー航空が毎日2便、ペルビアン航空が毎日2便運航しています。 |
| バス: |
イキトスから、ロレート県の嘗ての県庁所在地ナウタへ未舗装の道路が開通しています。ナウタはイキトス北西95kmに位置し、バスが定期的に運行しています。所要1時間30分。 |
| 水路: |
ペルー・アマゾン最大の河川港イキトスは、19世紀より水上交通の要所として発展してきました。ブラジル、コロンビアと国境を接するカバジョコチャヘは、週2回、船が運航しています。所要日数は約2日。運賃は約US$15〜20。また、高速艇は毎朝6時半頃イキトスを出発します。所要約10時間。運賃はUS$70。また、三国国境行きの快適なクルーズ船もあります。また、ユリマグアス(所要約3日)、レケナ(所要約15時間)、コンタマナー(所要約3日)、プカルパ(所要約4日)へも船が運航しています。運航スケジュールは決まっておらず、乗客と貨物が一杯にならないと基本的には出航しないようです。
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| ※空路の運航スケジュールは2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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人口222,725人(2011年6月現在) |
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カハマルカは、ペルー北部山岳部にある同県名の県庁所在地。標高2,750mの盆地にあり、酪農製品や、観光、保養の町として知られています。近年では、ヤナコチャ金鉱山の開発が外国資本を含む私企業によって進められ、ペルーにおけるゴールド・ラッシュを再びもたらしています。カハマルカの気候は年間平均気温15度と、清涼で快適な気候に恵まれています。平均最高気温は20.2度、平均最低気温は6.1度。カハマルカの気候は、雨期(10月〜4月)、乾期(5月〜9月)に分かれています。年間降水量は約729mmで、そのほとんどが雨期(10月〜4月)に集中しています。カハマルカの地名の語源については二説あります。ケチュア語で「寒い地方」を意味するカサマルカ。この地域に、茎や葉の表面に毛のような棘がある、イラクサ(刺草)が多く自生する地域であることから、「いばらの土地」 カサマルカと呼ぶようになったという説です。カハマルカの歴史は、インカ帝国の崩壊と共に始まりました。1532年、現在のペルー北部の港に征服者フランシスコ・ピサロが上陸し、168人のスペイン人を率いてアタワルパ皇帝の逗留地カハマルカへ向かいました。インカ帝国はその頃、異母兄弟のアタワルパとワスカルが帝位継承を巡り激しい内乱状態にありました。1532年11月16日、征服者達はこの混乱に乗じて、カハマルカで鉄砲と馬を使った奇襲攻撃を展開し、皇帝を護衛していた7,000人以上の非武装兵士が討ち死にしました。アタワルパは捕虜となり、幽閉されました。フランシスコ・ピサロは身代金として部屋いっぱいの黄金とその2倍の銀を要求。これに応じ、皇帝は国中から集めた金銀を差し出しましたが、財宝を手に入れた征服者達は、1533年7月26日、非情にもアタワルパを処刑し、事実上インカ帝国は滅亡しました。カハマルカの歴史地区は、ユネスコの世界遺産の登録候補となっており、修復と復元が進められています。 |
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| ◆ 見どころ |
アンデスの山懐に抱かれた、白壁に赤褐色の瓦屋根をスペイン風のこの町の中心は、アルマス広場。アルマス広場の北西には大聖堂、北東にはサン・フランシスコ修道院があり、周辺には植民地時代の面影を残す、歴史的建造物が数多く建ち並びます。皇帝アタワルパが幽閉された「身代金の部屋 クアルト・デ・レスカテ」は、広場から東へプガ通り通りを入ったところにあります。ベレン教会と併設された病院は、1627年から1774年にかけて建造されました。カハマルカで最も壮麗なバロック形式の教会と言われています。サンタ・アポロニアの丘は、広場の南西にあり、そこから市街全体を見渡すことができます。ラ・レコレータ教会は、特徴的な小鐘楼を持つ宗教建築で17世紀中期に建造。サン・セバスティアン区のロス・ヘロエス大通りとエル・マエストロ大通りの交差点にあります。インカの温泉は、征服者フランシスコ・ピサロがやってきた時、皇帝アタワルパが湯治のため逗留していた温泉。町営の共同浴場は、地元の人達で賑わっており、手頃な料金で温泉が楽しめます。カハマルカ市内から頻繁に乗り合い自動車が出ており、20分で行くことができます。カハマルカの近郊には数多くのアンデス文明の遺跡が点在しています。カハマルカの南西約20km、標高3,500mの高原にある、巨大な奇岩怪石が乱立するクンベ・マヨも見どころの一つ。石の森 ボスケ・デ・ピエドラと呼ばれる石と自然が作り上げる景観の美しさもさることながら、2,000年も前から機能し続けている人工的な水路や精緻な岩絵などが、かつてここで花開いた高度な文化を物語っています。クントゥル・ワシ遺跡は、サン・パブロ郡、ラ・コンガ村にある紀元前1,100年から紀元50年頃の遺跡で、現在も調査・発掘が続けられています。基底が145×170mの神殿や、四つの墳墓からは金銀の装飾をまとった人物や石彫、多数の土器、黄金装飾品が出土しました。併設の博物館には埋葬品などが展示されています。 |
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| ◆ アクセス |
| 空路: |
カハマルカのマヨール・ヘネラル・アルマンド・レボレド・イグレシアス空港は、市街の北方6kmに位置します。空港と市内の間の移動は、タクシー(運賃US$2)または小型バスを利用します。現在、リマとカハマルカ間は、ラン・ペルー航空が毎日3便、LCペルー航空が定期便を毎日1便運航しています。所要2時間。 |
| バス: |
カハマルカからは、首都リマ(所要14時間)、ピウラ(所要3時間)、チクラーヨ(所要6時間)、トルヒーヨ(所要6時間)などの主要各都市へ長距離バスが運行しています。また、カハマルカ県内のチョタ(所要5時間)、バンバマルカ(所要4時間)、セレンディン(所要5時間)、カハバンバ所要4時間30分)ヘもバスが毎日運行しています。 |
| ※空路の運航スケジュールは2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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人口159,125人(2011年6月現在) |
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ワラスは、標高3,052mに位置するペルー北部の高原都市。6,000m級の山々が南北200kmにわたって連なる、ブランカ山群の登山・トレッキング基地として、登山家やトレッカーに親しまれています。ペルー最高峰のワスカラン(標高6,768m)をはじめ、ワンツァン(標高6,395m)、ワンドイ(標高6,393m)、チョピカルキ (標高6,354m)、チャクララフ (標高6,112m)といった氷冠を戴いた6,000m級の高峰が屹立しています。ワラスの語源は、ケチュア語で「夜明け」意味するワラク です。前スペイン時代に、この地域の先住民達は、明けの明星(金星)であるワラク・クイユールを神性視し、信仰の対象にしていたことにから、ワラスと呼ばれるようになりました。 |
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| ◆ 見どころ |
| ワラスの市街地は、ペルーの他の都市と同様に、アルマス広場を中心に広がっています。広場周辺やその西側を南北に走る、ルスリアガ通り沿いには、銀行、郵便局、中央電話局、観光案内所、旅行会社、ホテル、レストランが並び、シモン・ボリーバル通りにはレストランやバーが並んでいます。ワラス市内の見どころは、アンカシュ考古学博物館と、中央市場、そしてアンカシュ大地震の被害が少なかったため、古い建造物がいくつか残っているホセ・オラヤ通りです。ワラス市の北東8km、標高3,400mの丘陵上に、ウィルカワイン遺跡があります。ワリ文化の祭祀センターと推測され、板状の切石を積み上げた神殿の中には、ミイラが保存されていました。 |
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| チャビン・デ・ワンタル遺跡は、標高3,177mの小盆地にある神殿遺跡で、紀元前900年頃に始まる古代アンデス形成期、チャビン文化の代表的な遺跡です。往時は、熱帯雨林地帯から北海岸地帯までの広い地域から巡礼者が訪れ、信仰や文化面で大きな影響を与えたと言われています。200m四方の範囲に、広場を囲み西、北、南に建物を配し、主神殿は幅1mほどの地下回廊が迷路のように張り巡らされ、その中心には儀礼で重要な役割を担ったと考えられる高さ約4.5mの石像ランソンがたたずんでいます。各所には、ジャガーなどの動物像や怪奇な神人像は浅浮彫で装飾されています。 |
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| ワスカラン国立公園は、アンカシュ県のブランカ山脈にある国立公園。 世界自然遺産に登録されているとともに、生物圏保護区にも指定されています。高度変化による多彩な動植物層を見ることができます。低緯度地域にある冠雪の山としては世界最高峰のワスカラン山があり、これが公園の名前になっています。この公園の固有植物プヤ・ライモンディーの自生地で、ジャガー、クーガー、リャマ、グアナコ、アメリカ・ヌマジカ、ペルー・マダラオハチドリなどが生息する。ヤンガヌコ湖は、標高3,850mに位置し、チナコチャ湖とオルココチャ湖の二つの湖からなる氷河湖で、ワラスから日帰りで行くことができます。 |
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| ◆ アクセス |
| 空港: |
ワラス市内には空港はありません。最寄りの空港は北西23km、アンタ郊外にある、コマンダンテ・ヘルマン・アリアス・グラシアニ空港。現在、リマとワラス間は、LCペルー航空が定期便を毎日1便運航しています。所要約1時間10分。 |
| バス: |
ワラスからは、首都リマ(所要8時間)、トルヒーヨ(所要9〜10時間)、などの主要各都市へ長距離バスが運行している。また、アンカシュ県内のチンボテ所要7時間)、ポマバンバ (所要8時間)、ワリ(所要4時間)、チャビン(所要2時間)、カラス(所要1時間40分)、カルワス(所要50分)、ユンガイ(所要1時間20分)ヘバスが毎日運行しています。 |
| ※空路の運航スケジュールは2012年2月現在のもので、予告無く変更される場合があります。 |
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